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思いつきや日々の出来事などを勝手気ままに綴っております。 コメントは bbsへ へ。

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過去一覧


2009.6.30(火)

空堀商店街の近く、『にぎわい堂』にて七人の筆侍の会合があった。
『にぎわい堂』の代表の方がなんと、自分と同姓同名−(読み一字差し替え)というお名前の女性だった。
めずらしい! きっと江戸時代まで辿っていくと……、いやいや、何も関係ないと思います〜。ハハハ。
しかし貴重なご対面だった。
もう一軒はしごして飲んで帰った。
一眠りすると、筆侍会合で打ち合わせた事柄などの記憶がすっかり消えてしまった……。ま、ええか。



2009.6.29(月)

今朝の新聞の記事を見て笑ってしまった。
夫婦で女子トイレを盗撮していたという事件があった。
逮捕された夫婦の弁は、「5年前から夫婦で楽しむために盗撮していた」というものだ。
他人を巻き込まずに勝手に楽しんでいろ!
しかも夫はなんと学校教諭。
生徒たちの遠足や修学旅行などの思い出にその教諭がいないことを望む。



2009.6.28(日)

DVD『宮廷画家ゴヤは見た』を観た。
ナタリー・ポートマンが汚れ役を見事に演じていた。
でも作品全体的に見て、画家ゴヤでなくてもよかったような気がした。

もう一本はおバカ作品『俺たちニュースキャスター』
こっちはふざけ方が小さくて、大笑いできずに終わった。たいへんくだらなかった。
もう一回言う。
ほっんまにしょうもなかった。



2009.6.26(金)

マイケル・ジャクソンが死んだというニュース。
実感がまだわかんなぁ。
新聞では「ジャクソンさん」といった「さん」付けの表記である。どうでもいいのだが、なんだか「○丁目の○○さん」みたいな一般庶民レベルの呼び方のようで……。

それからもうひとり、ファラ・フォーセットが死んだ
初代チャーリーズ・エンジェルで、中学生のころに見ていた映画雑誌『スクリーン』や『ロードショー』では、ファラ・フォーセット・メジャースという名前だった。
いつも胸元の開いたドレスやレザー・スーツを着ていた。見せたいのか見せたくないのか、こちらをじらす小悪魔だ。
これがセクシーというものなのだ、とアメリカに言われているような気がした。同時にそう認識させられた。
それ以降、「ファラ」という文字を誌面で見たり、聞いたりするだけで、なにかやり場のない衝動にかられるのだ。まぎらわしい!
しかし彼女がもう62歳だったとは驚いた。
先日にはライアン・オニールからプロポーズされていたというのに残念です……。
ご冥福をお祈りします。



2009.6.25(木)

出版社バジリコのサイトに有名作家陣が連載されている「だいたい月刊バジリコバジリコ」というコーナーがある。
その中の、作家・早川いくをさん連載中の『ネオ人生幸路』に於いて、早川さんとワタクシ寺西晃が組んだユニット「便所DREAMERS」が満を持しての登場となった!

「便所DREAMERS」とは何か。
誰でも夢の中でおしっこしたくなったことがあるでしょう。そんなとき日常とは違った変な状況だったり、トイレに入ってみればそこが非現実的な空間だったりすることないですか?
「便所DREAMERS」とはそういう便所にまつわる夢を語り、勝手に分析する、ユニットなのである。うさんくさいとは言わないでいただきたい。我々はいたってまじめなのだ。
真剣な顔つきで、におってきそうなくらいのクサイ話を、よせばいいのになんと絵付きで展開している。

今回は「夢を語り合おう!」と題しているとおり、二人で夢を熱く大いに語っているので、ぜひ読んでいただきたい。
「よし、読んでやろう」と思われた方、なにぶん特殊な夢ゆえ、覚悟して読んでもらいたい。
「そうそう!オレもそんな夢見たことあるぜ」とか、「あるある!ワタシも見たわ」という方はメールください。
返事するかどうかは内容によって判断させてもらいますが……。

バジリコのサイトへ ←クリック



2009.6.24(水)

地元の本屋で立ち読みをしていると、腰の曲がった老紳士が平積みされた本の前で熱心に立ち読み(屈み読み)をされていた。ハットに黒縁眼鏡、手にはステッキといった格好である。お歳は90を過ぎているだろうか。
もはや老境に入った老大人が、今いったいどんな本に興味を持っておられるのかと思って、ちらっと覗きこむと、なんと『お金持ちになる本』だったのでおどろいた。表紙には「お金の宇宙法則」とか「お金が落ちてくる」とか、お金、お金、お金と、「お金」二文字の大集合である。
欲のあることは決して悪いことではない。それにこの強欲さこそ、この老紳士の生の活力なのかもしれないのだ。今からもう一花咲かせるおつもりなのであろう。



2009.6.22(月)

相方がレンタルで借りてきたDVD『秋深き』を観た。
去年公開された作品で、織田作之助の短編小説『秋深き』と『競馬』を合わせた物語。
織田作之助ということで、むろん大阪が舞台。映像の背景には見知った大阪の町がさりげなく映る。
主人公の寺田悟が好きな女から「寺ちゃん」と呼ばれる。セリフに「寺ちゃん」がしつこいくらい度々出て来るので、こちらも同じ「寺ちゃん」として奇妙な感覚になる……。

左の絵は昨年の『七人の人相書侍展』で描いたオダサク。



2009.6.20(土)

買い物にくたびれたので『居酒屋なかもと』に寄って帰る。
カウンターに座るやいなやエビス瓶ビールとさばきずしにおでん豆腐をたのんだ。
冷たいビールを一杯ぐぐっと飲んだところで、目の前でぐつぐつ煮込まれているどて焼をもらう。厚揚げ焼きも旨い。
この店で飲むならやはりカウンターがいい。
店の奥にはグループが盛り上がっており、くたびれている時はやかましく感じる。2階は会社や学生などの団体がわいわいと大騒ぎして酔っぱらっている。カウンターに座っていれば好きなどて焼からのぼる湯気をぼーっと見ていられるし、それに店内全体が見渡せ、楽しげに飲んでいる人達の顔がよく見える。本当に幸せそうに酔っている。そんな顔を見ているとこちらも訳も分からず幸せ気分になってくる。
九条の『白雪温酒場』がゆったり心地よい温泉とすれば、弁天町の『居酒屋なかもと』は賑やかで楽しい銭湯のように思える。もちろんどちらも大好きである。



2009.6.19(金)

19日で太宰治生誕100年。

関係ない話だが、生誕何年と没後何年があるのはどうしてなんだろうか。
あれは、ただキリのいい数字の年にお祭りのように盛り上げようとしているだけなのか?
たぶんそれだけなんだろうね。

左の絵は昨年の『七人の人相書侍展』で描いた太宰さん。


夕方、大阪港の埠頭のベンチで本を読んでいたら誰かにいきなり写真を撮られた。びっくりした。



2009.6.18(木)

夕方、京セラドーム辺りを歩いた。
いつの間にか何か建設工事が始まっている。何が建つのだろうか。
写真はドームから境川交差点を見たもの。



2009.6.14(日)

おにぎりこしらえてもらって武庫川へ。
現地で買った缶ビールを飲みながら河川敷で散歩してぼーっとする。

川岸で釣りをしている人の足下に何か小動物がいた。
野良猫かと思ってよく見るとでかいネズミ……! なんとヌートリアだった!
この辺りを見回すと雑草の茂みの中に何匹もいるようだ。
そこへおばちゃんが餌をやりに来ている。日本のどこかでは繁殖し過ぎて害獣とされているがここらでは可愛がられているのだろうか。

人間の勝手で連れてこられて、不要になればこれまた勝手な都合により放逐。そして挙げ句の果てに在来種の生態系を破壊する生物として「害獣」と呼ばれ人間に駆除される。またその一方で、駆除はかわいそうだと餌をやるのも人間。しかし野外で生息させ続ければ他の生物が……。どうなるんだヌートリアの運命は!
すべては人間の都合なんですな。
こういう問題は難しくて簡単には答えが出せませんなぁ。どうすればいいかなんて俺も分かりません。

そういえば猫の問題も分からない。飼い猫だけでなく野良猫までとっつかまえて避妊手術するというのも、あれは誰の都合かといえば人間の都合なのだろう。
「むやみに産まれては死んでしまう猫ちゃんがかわいそう」なんて、人間が勝手に思っているのだ。それとも猫も避妊を願っているというのだろうか……。
そんなこと考えていたら飼うことさえ人間の都合かと思えてきた。あーもうわからん!
とにかく難しい問題やね……。

まあ、そんなややこしい問題は置いといて、駅近くにある年輩方が集う喫茶店に入りアイスコーヒーを飲んで休憩。またぼーっとする。



2009.6.12(金)

先日、大阪府の某中学校図書室司書の方から届いたうれしい知らせを『へんないきもの』の著者、早川いくをさんが知りたいへん感激された。
あらためて司書さん、ありがとう!

そこで、その早川さん情報を二つ↓

●「水族館『片隅ツアー』への招待」

デイリポータルZの企画で新江ノ島水族館の隅っこを見てまわったそうです。

●『へんナイト2』
日時:6月21日(日)18:30〜21:00
場所:東京カルチャーカルチャー

今月へんなスライドショーのイベントをやられるそうです。
お近くの方はぜひ!



2009.6.10(水)

『月刊・男の旅新聞』購読の申し込みは、本日で一旦締め切らせていただきます。
購読希望メールを送っていただいたみなさん、本当にありがとうございました。
新聞がお手元に届く日を楽しみにお待ちください!



2009.6.9(火)

特報!!
『月刊・男の旅新聞』
の創刊号が出来上がった。
変なイラストレーターたちが作った変な新聞である。
今手元にある部数が無くなればその時点でもうおしまいである。つまり早い者勝ちです。
ぜひ読みたいと思う奇特な人は、「post mail」ページまたは掲示板にてお知らせください。
購読料及び送料無料で配布いたします。
部数に限りがあるのでお早めに!

【送り方】
件名もしくは文中に「男の旅新聞希望!」と書いてお送りください。
注意:住所・氏名を忘れずに。



2009.6.8(月)

大阪府のある中学校図書室の司書をされている方からメールをいただいた。
『へんないきもの』と『またまたへんないきもの』が中学校男子にたいへんな人気なのだそうだ。
なんと3冊ずつ購入して置いていただいていて、それら借りられた本は返却されてもすぐにまた借りられる、その順番待ちが続いているというのだ。
これは本当にうれしい知らせである。
わざわざお教えくださったことに心より感謝いたします。
ご返事を差し上げたのだが、一度宛先不明の不達で返ってきた。アドレスが間違っているのかもしれないと思い、少しアドレスの末尾を変えて再送したのだが無事届いているだろうか。

早川いくをさんがこの記事を読んでくれますように。



2009.6.6(土)

大正区の実家に顔を出した後、久しぶりにショット・バー『Wonder』で飲む。
最初はマスターH氏と二人だけで話していたが、そこへほどなく地元の常連T氏とS氏登場。今はもう完全に大正区民の彼ら二人はかつて他所から大正区に引っ越して来た人たちだ。話を聞くと二人とも、一度大正区に住み慣れるとここから出て行こうとは思わないと口々に言う。ぬるい感じがなんとも良いと言う。良くも悪くも変わらないところが良いのだとも言う。
また、T氏曰く大正区は巣鴨に似ていると言う。俺は巣鴨を知らないがどうやら「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる高齢者の多く住む街らしい。
大正区を遠く離れて住んだことがない俺とは違って俯瞰的に比較できる分、二人は冷静に大正区を見ることが出来るであろう。その二人の意見を聞いて推測すると、彼らは大正区をベタ褒めはしないもののかなり気に入っているようすだ。

今日のサービスドリンクといってマスターH氏が勧めるフランスの修道士が造った香草の酒「シャルトリューズ」をソーダ割りにしてもらって飲んだ。
ハーブの豊か香りがするがかなり甘い。ソーダで割ったのに口の中が濃縮ハーブでいっぱいだ。外国人はこの
酒をストレートで飲むらしい。


写真は大正内港と昭和山、その向こうに見えるのは通天閣。この光景がたまらない。



2009.6.5(金)

「時代はインターネットやで、テラちゃん!」
そういう周りの友人デザイナーたちの空気に押され、とにかくやってみることになったインターネット。あれはまだ「インターネットって何?」という声がまだ多かった頃。
回線も使い放題ではなかったし、回線速度がやたら遅かった。まだまだ実用的ではなかった。

そんなとき、企業のホームページのアイコンを作る仕事に携わった。そのときはホームページというものがどういうものかを全く知らなかったが、話を聞くと、よく分からないなりになんだかおもしろそうだと思ったのを覚えている。
ホームページはこれからどんどん普及するといわれ、それからまもなくしてあちらこちらで個人でも作る人が出てきた。

せっかくやり始めたインターネットでなにかおもしろいことが出来るならやってみようとホームページ作りに取り組むことにした。
とりあえず、周りでホームページを自分で作ったという友人デザイナーがいたので、ホームページを作るにはまずどの本を読めば良いのかを教えてもらった。

俺がホームページを作り始めていると知った周りの人たちは、インターネットを勧めた友人たちも含め、なぜかホームページに関しては否定的だった。
「作品をホームページで見せるとか書いた文章読ませるとか、そんなことしてどうするの?恥ずかしくないか?」
と、よく言われたものだ。
その人たちは、仕事のやりとりにメールが使えて、調べもの(検索)が出来れば充分といった感じだった。
本当のところ、ホームページを作ることが果たしておもしろいのか自分自身も半信半疑だった。
他人のホームページを見て、「こんなものを載せてよくも恥ずかしくないものだ」とたまに思うことがあるように、自分にも自分の絵や文章を載せることにどこか恥ずかしさがあった。
ホームページを持つことに躊躇していた人もおそらくそんな否定的な気持ちが心の片隅にあったからではないか。

しかし、あれから時を経た現在、多くの人がHTMLの知識はもちろん、ホームページソフトの使い方を知らなくても自分のサイトを持てるようになった。回線はつなぎ放題になり、回線速度も速くなった。パソコンもデジカメも手に入りやすい価格になった。ホームページの作りやすい環境が整ったのである。
そのせいで巷はブログだらけである。ホームページ(ブログや自分のサイト)を持つことがごく普通となったのだ。
それにしてもこれほどまでに一般化するとはあの頃は思ってもみなかった。

今思い出して可笑しくなるのは、あの頃は身近にホームページを持つ人が少なかったので、親しくなった人たちに「ホームページを作って一緒にやりましょう」とやたら必死になって誘っていたことである。



2009.6.2(火)


夕方から『白雪温酒場』に行き肩まで浸かる。



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