Scrap

思いつきや日々の出来事などを勝手気ままに綴っております。 コメントは bbsへ へ。

2008/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

過去一覧


2008.4.30(水)

夕方、F接骨院へ行くと院前(玄関前)で先生が掃除をしておられた。挨拶しながらシャッターに貼られた紙を見ると「忌」の文字。先生の身内の方にご不幸があったらしい。
先生は急に診療を休むことを詫びていらしたが、明日が通夜というたいへんなときにのんきな顔を出してこちらが申し訳なく思う。
何をどう言って良いか分からなくなり、ただ「いえいえ、とんでもない!こっちこそ勝手に来てしまって…」などと自分でも訳の分からないことを言っていた。
こんなときにまともな言葉を話せない自分がもどかしくなる。
どんなお気持ちで玄関に一人立っていらしたのか、その心情を考えるとやはりどんな言葉も空々しいものかもしれない。

「さよなら」と言ってそのまま引き返して来た道を戻ったが、なんだかボーッとしたくなったので、寄り道して海を見に行った。



2008.4.27(日)

おにぎりと水筒を持って京セラドーム大阪近くの遊歩道へ。
今日はおまけに冷えた缶ビールを一本連れて行ったので、プハーッ!とのんびりできた。



2008.4.26(土)

夕方、昭和町のギャラリー圓津喜屋で開かれている『西桐玉樹作品店「鶩(あひる)」』へ。
最終日までの残り三日間は「絵酒屋あひる亭」と称してギャラリーは絵を飾った居酒屋に様変わり。
壁に展示された絵をアテにビールを飲んだ。



2008.4.25(金)

昼間、相方と大丸ミュージアム・梅田で開かれている『安野光雅 繪本 三國志』展を観に行った。
このような展覧会はいつものようにご年配の方だらけである。

朝日新聞の夕刊で毎週金曜日連載している『三谷幸喜のありふれた生活』をよく読んでいる。
今回は「サインがないんです」というタイトルで書かれた話に共感して面白く読んだ。
「サインを考えること自体、格好つけてているみたいで、昔から抵抗があった」とか、「必要に迫られた時は楷書で普通に名前を書く」の記述を読んで、そうそうと大きく頷き、またその後「サインは崩すに限る」と、なんで他の人のサインが崩されているのかに気が付くところも、ふむふむと頷いた。そして最後には「味も素っ気もない自分のサインがだんだん恥ずかしくなって来た」となるが、「でも、サインは考えません。こうなったら意地でも、絶対」と宣言する。あのチョーが付くほどの著名人・三谷幸喜にしてサインに対しての戸惑いがあるのか。

その日の夜、北堀江の『恂さい』にて七人の筆侍の会合があった。
お店を出るときにお店の方から我々のサインを求められた。みんな崩したサインを書いている。俺の順番は一番最後になった。三谷幸喜さん同様俺も今までは普通に名前を書いてきたが、崩したサイン群の前で「味も素っ気もない恥ずかしさ」がわき起こりどうしようかと焦った。結局書いたサインは崩したというより、揺れる電車の中で書いたメモのような中途半端に壊れたヘタクソな名前になってしまった。
お店の人には自分の名前さえもろくに書けない奴と思われたに違いない。

ところで、毎年恒例の『七人の筆侍展』
フツウでは終わらないのが我らの展覧会である。さあ今年はどんなことになるのやら。



2008.4.21(月)

大正区のバー『Wonder』のマスターH氏と枚方の建築デザイナーのhinaさん、お二人と京橋で待ち合わせて久しぶりの飲み会。
お二人とも高校時代ラグビー部の先輩である。それなのに後輩の俺が待ち合わせに遅刻してしまった。これは言い訳になるが、時間は充分に余裕をもって家を出たのだが電車がなにかのトラブルで福島駅に数分間停止したせいである。なんとかすぐに笑って許してもらえたのでよかったが、現役の頃だったらその場でロック殺しの刑だ。運良くスパイクを履いてなかったおかげで何とかその刑を免れた。

さてどこに入ろうかと繁華街へ突入。去年あまから手帖の取材で入った居酒屋&立ち飲み屋に入りそれぞれの近況や四方山話に花を咲かせた。フリーバンザイ!

京橋でhinaさんと別れた後、「おい、もう一軒行くぞ」と言うマスターH氏と弁天町で電車を降りて適当な居酒屋に入って酒を飲み始めたのだが、酔いがかなりまわってきたらしいマスターH氏。他のテーブルで賑わう客に向ける彼の目つきが怪しくなってきた。あれ、ヤバイ…?
「俺が行くから寺西お前フォローせえよ」と座った目でニヤニヤ笑いながら言う。あーこりゃあかんと思い、全部平らげられなかったたこわさが心残りだが早々に勘定を済ませ店を出た。
久しぶりに昔の仲間と飲んで楽しくて、つい酒のゲインラインを突破してしまったマスターH氏だった。俺も久しぶりに楽しかったよ。マスターH氏があれから無事に帰ることができたのかちょっと心配である…。



2008.4.20(日)

天気が良いので相方と自転車で靱公園へ行き、おにぎりを食べた。
青空の下では何故か赤ウインナーがうまい。シャウエッセンとかアルトバイエルンとか洒落たものではなく赤ウインナーなのだ。遠足や運動会でお馴染みのあの赤ウインナー。何ででしょうか?

阿波座を通り抜けるとき、物々しい警備の中国総領事館とその周囲を騒音をまき散らしながら回っていた街宣車を見た。
えらいことですな。

帰ってからDVD『善き人のためのソナタ』を観た。
もう一回観ると思う。



2008.4.18(金)

この間作った収納家具は設置場所にうまく収まった。
マンションは壁にバンバン打ち付けられないので基本的に箱型収納にしなければならないのがつらいところだ。もっとこうバンバンと改造したいものだが。
で、今日は机サイドに備え付ける棚を作った。
画材を置くのに丁度良い。



2008.4.15(火)

F接骨院へ行き、VRTを施術してもらったあと鍼を打ってもらう。
腰が甦った。
先生と俺の他は外国人だった。男性二人と女性一人。英語で膝が痛いと言っていた。お灸をしてもらって気持ちよさそうにしている光景が不思議だった。



2008.4.13(月)

神戸の義兄から教えてもらっていたテレビ番組『夢の扉』が夕方に放送された。
放送されるまでにアップして告知することができなかった…。義兄ごめん!

「発展途上国に救急システムを確立したい」と題して日本国際救急救助技術支援会(JPR)の正井潔さんが取り上げられた。
今回正井さんたちJPRが救急救助の技術を支援しに向かったのはインドネシア。
救急車を呼ぶ電話がつながらないことや、救急車にバッテリーが装備されておらず出動できないこと。事故などの負傷者が病院で診てもらうために自ら歩いて向かわなければならないなど、インドネシアの救急システムはまったく成り立っていなかったには驚いた。
また、救急車で患者を搬送しても医師やレントゲン技師が常駐していないといった医療システムも未発達であることを知った。正井さんたちの熱心な支援にも壁が立ちはだかる。
日本では助けられる命がインドネシアでは助けられないことが多いのだ…。
これからも発展途上国の救急システムを確立するためにもJPRには頑張ってほしい。



2008.4.10(木)

物入れを整理しているとどんどん出てくる十何年も前の仕事の残骸。
ポスターやその版下、A1サイズやB2サイズのでかいイラスト原画など、収納場所をとってかなわん。新品の版下台紙などがどさっとまとめて出てきたが、もう使わないだろうし、今は使ってる人もいないだろう。
それにしても若かったこともあり何でも描いてきたが上手くなかった。へたくそだ。嫌になる。そして過ぎ去った時のせいか自分のした仕事がすべて古臭く感じる。
どんどん破って捨ててしまおう。



2008.4.9(水)

ニス仕上げも終わり、いろいろ完成!
部屋はただでさえおが屑や粉塵ですごいことになっているのでサンダは使わなかった。はぁ〜…。
早くブルーシートを取り除いて掃除をせねば。



2008.4.8(火)

昼にやっている『情報ライブ ミヤネ屋』を見た。
宮根はやっぱり嫌だな。話しているときのモニターを見るあの目つき。気持ち悪い。言葉に気持ちが入ってないことが分かる。



2008.4.5(土)

しだれ桜が見たいと相方が言うのでコーヒーを入れたポットとおにぎり持って京都へ。
四条河原町通りを歩く。人の多さに驚いた。なかなか前へ進めない。土曜日ということもあってか観光客と花見客がひしめいている。

四条大橋から鴨川沿いを北上した。河原に座っておにぎりを食うが、道端のあちこちでやっている場違い感のロックバンド演奏とダンサーたちに興ざめる。
京都ももうあかんなーと愚痴をこぼす。

↑白川巽橋ではご覧の通り風情なんかあったものではない。

知恩院をまわり、円山公園のしだれ桜と久しぶりにご対面したが、枝が切られていてこぢんまりとした様子になっていてがっくり。もっとぐわ〜っとでっれ〜っとしだれててくれなあかんがな。
円山公園は花見の酔っぱらいと学生の新入生歓迎コンパの団体だらけで、もうワヤやった…。

人混みを避けて裏道コースを歩いて四条大橋たもとにある『東華菜館』へ。
ヴォーリズ建築で趣ある洋館だ。
日本最古のエレベーターで4階へ案内される。
夕方から少し暗くなったことで煩わしい人混みも目立たなくなりようやく落ち着きを取り戻した。窓から見える景色は気持ちよかった。照明で照らされた南座と京都の夕景パノラマである。
久しぶりに青島麦酒をのどに流し込んだ。



2008.4.3(木)

大工仕事開始!



2008.4.2(水)

ものすごく久しぶりな道を行く。

●港区→大正区→西成区と43号線の下を通る細い道。
小学生の頃、放課後自転車で天王寺動物園へ向かうのに通っていた道だ。そこら中に貼られていたコワイチラシが無くなって少しさっぱりしたくらいでほとんどあの頃のままと変わらず非日常的空間を保っていて不思議な感覚に陥る。小学生の勝手な遠出の冒険心が甦るのだ。スタンド・バイ・ミー。

●南海高野線「木津川駅」のホーム。
川を一本挟んだ隣の区の町並みは意外と知らないもので、初めて見る光景も多い。
近くなのに知らない町といった感じの風景。
そして新なにわ筋を南下していく。

●津守1丁目の津守商店街
画像加工してないにも拘わらずこの古い色合いを醸し出すこの町はいったい何なのだろう。
寄り道好きな者にはつい入り込みたくなる脇道が次から次と目に入る。少し脇道逸れては戻るを繰り返す。興味と恐怖の闘いである。これ以上奥へ行ってはならぬという思いがギリギリ現実へ戻すのだが、見知らぬ異世界への興味は消えず。帰ってから地図で確かめるために住所などを覚えておく。

完全に時間が止まっている。

なんだか懐かしいのだ。

帰り道に積み重ねられた錆びた鉄板を見つけた。
あんなに分厚く硬い鉄がまるで紙きれのように様々な形に抜かれている。すごいなぁ。
でっかいオッサンが型抜きと金槌持ってパッコンパッコンと抜いてる姿を想像すると楽しい。



Copyright(C) Akira Teranishi All Rights Reserved.