Scrap

思いつきや日々の出来事などを勝手気ままに綴っております。 コメントは bbsへ へ。

2007/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

過去一覧


2007.2.28(水)

旅の写真が仲間から届く。
おもろいなー。楽しいなー。
当たり前の話だが、自分のカメラには自分が写っている写真がほとんどない。なので仲間から届く写真で、旅に加わっていた自分を実感し、「旅行中こんなだった自分」を客観的に知る。
タクシーの運転手さんに撮ってもらった写真を見て、我々三人子供みたいに並んでカワイイオッサンだなあと思う。
しかし、頭部の薄さはもうどうにもならないにしても、この緊張感のないあごのラインをこれからなんとかシェイプアップしなければ…。



2007.2.26(月)

朝6時半、南港に到着。
我々の楽しい温泉旅も終わりである。
フェリータミナル駅で二人と別れる。
ニュートラムの窓から真っ赤になって昇る朝日が見えた。

帰宅後、少し横になって寝た。
まだフェリーの上で揺れているように感じる。



2007.2.25(日)

田舎町の少ない本数のバスを乗り過ごした我々。駅まで歩いて行ける距離ではない。急遽地元のタクシー運転手に頼み乗せてもらうことにした。
駅までの道の途中、九重連山が見えるという景色の良い場所で愉快な運転手さんに記念写真を撮ってもらった。
まわりには何もない片田舎の駅で電車を待った。ようやく来た電車に乗り別府へ向かう。
別府に着き、電車を降りるとまずナロさんの母校である大学を訪ねた。当時絵を描いていた教室をガラス窓から覗いて学生時代を思い出したのか感慨深げなナロさんであった。
そこから西へ歩いて鉄輪温泉へ。この辺一帯は“地獄”と呼ばれる温泉の噴出口がいくつもある。ここでは「毎日が地獄」だといって地獄を盛り上げている。また伝説によると突然の噴出によって寺と坊主共々一夜にして地獄行きになった「坊主地獄」もあるらしい…。
どこかでひとっ風呂しようと入ったのが公衆浴場「渋の湯」。
一足早く入ったナロさんが湯船から「あつい!」と言って飛び出てきた。「あつ」や「あち」でもなくはっきりとした口調で「あつい!」だ。なんとも湯の猛烈な熱さが一番伝わってくる言い方ではないか。しかし案内人が驚くほどの熱さとはいかがなものか。湯船を囲みなかなか入ろうとしない裸の男たち。地元の親父さんがそんなに熱くないと言いながら肩まで浸かっていたが、その全身の真っ赤さたるや後で倒れるんじゃないかと心配するほどである。ナロさんと僕は10秒ほど入っては上がってを繰り返し熱さに慣れようとしたが、シゲさんは深刻な顔で湯船を見つめてずっと足へのかけ湯を繰り返すだけである。我々も熱さに少し慣れてきたとはいえ、やはり1分も浸かっていられない。たけし軍団やダチョウ倶楽部はたいしたもんだべとあらためて感心したが、そんな場合ではない。服を着て外へ出た。しばらく足にはジンジンと痺れるような感覚が残った。
バスに乗り別府港近くへ移動し商店街などを散策をした。
フェリーの時間までまだあるのでもうひと風呂と「竹瓦温泉」に入る。木造建築の古い共同浴場でここは別府温泉のシンボル的な存在だそうだ。程良い湯加減で安心した。
夜、フェリーさんふらわあ・こばるとに乗船し別府港を発つ。
レストランで夕食。その後ビールを飲みながら挿絵談義をする。そしてなぜか我々がヨロヨロのじいさんになったときのことを語り合った。眠くなってきたので二等船室に戻り寝る。



2007.2.24(土)

別府だ!温泉三昧が始まるぅ〜〜。
別府港に着いた我々はバスで別府駅へ。
電車の時刻までまだある。駅近くの古く味わいのある公衆浴場「不老泉」でひとっ風呂浸かったあと、近所のラーメン屋で昼食がわりのラーメンを食べる。
電車は大分駅まで約10分。そこから久大本線で乗り換え、豊後中村駅まで約1時間20分。
バスに乗り約20分。バス停から坂道を少し歩いて降りると秘湯「筌の口温泉」。湯船から鉄分の匂いがする。湯の成分のせいで床や桶は錆びた茶褐色をしていた。
風呂に入ると腹が減る。バス停近くの店で月見うどんを食う。
またバスで約20分。我々が今夜泊まる宿のある筋湯温泉に到着した。
宿で浴衣に着替え宿近くの「日本一のうたせ湯」を浴びに行く。ついでに温泉町を散策し、足湯も楽しむ。夕食をとった後、ロビーのソファで日本酒を呑みながら語らう。宿の風呂も入り就寝。



2007.2.23(金)

夜、ナロさんとシゲさんと僕の絵描き仲間三人は大阪南港から別府へ向けて出発した。
温泉を満喫しようというものだが、今月あんなことがあった僕にとってこの旅は湯治の旅ともいえるだろう。(大げさ…)
別府はナロさんが学生時代を過ごしたところ。この地に詳しい案内人がいると心強い。安心してこの旅を楽しめるというものだ。
フェリーさんふらわあ・あいぼりに乗船。船旅を楽しむ。
レストランへ行き、つまみをあてにビールを飲む。海側から見る神戸の灯りが美しい。
二等船室の大広間に一人一人に割り当てられた肩幅くらいの狭く細長い寝床をずらりと並べて大勢の乗客が就寝するのだ。老若男女の見知らぬ者同士肩寄せ合う異空間。あちらこちらでいびきが響き、おならの音がこぼれる。こういうのはたまらなく面白い。毎日だと辛いが…。
朝、目覚めて船の外を見ると瀬戸内の海が輝いていた。
甲板に出て別府港が現れるのを待つ。
船が水面を切って立てる波を見ていた。水平線の先には間違いなく別府があるのだ。待っていろよ別府!



2007.2.21(水)

↑昨日撮った写真から二つ。

今朝、朝食を食べていたら、今度は上唇の内側を噛んでしまった。もういや…。アタタタタ。



2007.2.20(火)

夕方の散歩。
今日は弁天埠頭辺りをぶらぶら。
安治川突堤の倉庫や船着き場でいっぱい写真を撮った。上の写真はその一部。
大阪港の左には海遊館のある天保山、右にはUSJ。
その上空を一本通る阪神高速湾岸線のシルエットがぼんやりと見える。(↑クリックどーぞ)

帰り道、本屋に寄りPainterに関する参考本を探したが見つけられず。
一冊もないとはどういうことだ!
ま、フツウの使い方ではないのでフツウの本では参考にはならないと思うけど…。
本屋の中はくしゃみをする客があちらこちら。目に見えなくても花粉は確実に飛んでいる証拠である。



2007.2.19(月)

数日前の口内炎の痛みが和らいできた。
おかしなもので口内炎の痛みで話しづらくなったとき、頭の中で文章を綴ることもしづらくなるのことに気付いた。しかも無理に文章にしたら話づらい言葉の文章になる。なぜだろうか。

新しいバージョンのPainterのブラシに少し違和感がある。
一つ前のブラシ設定数値をそのまま割り当てても思うように描けない。
バージョンが新しければ単純に使いやすくなるというものではないのよね。



2007.2.16(金)

本屋でガムを噛みながら立ち読みしていた際、思い切り舌を噛んでしまう。
閃光が脳天を貫き身体がビクンと弾ける。思わず手にしていた本を閉じて飛び上がるほどの痛みを何気ない顔で耐えた。目当ての本がないといった残念な顔でそそくさと店を出た。周囲の人達には気付かれなかったと思うが、口の中に広がる血の味。
案の定夜には口内炎となって痛み出してきた。



2007.2.11(日)

義兄からお見舞いをいただいた。ありがとう!(お見舞いて…)
それは『ぼくらの60〜70年代宝箱』という駄菓子屋で売られていた懐かしいモノがいっぱい載っている楽しい本なのだ。
べったん、おはじき、ビー玉、2B弾、スーパーボール、昆虫採集セット、水鉄砲、銀玉鉄砲、ゴム製のムカデ…。それから水に溶ける紙で子供達を興奮させたスパイ手帳。遊ぶ自分も流血覚悟のアメリカンクラッカー。三菱鉛筆の景品の消せない消しゴム「ユニ坊主」…。
めっちゃ懐かしい!!案外憶えているものだ。それにしても“モノ”がこんなに様々だったことに驚いた。当時の遊びはたしかに豊富だったもんな。
おもちゃはすべてアナログだったけど想像力だけは無限に広がった。
ひょっとすると我々の子供時代は恵まれていたのかもしれない。



2007.2.10(土)

昨日の「血管迷走神経反射性失神」の事件で自分の体調管理がうまくできてないことがはっきり露呈したわけです。お恥ずかしいかぎり。たしかにいままで自分の身体を過信していたかもしれない。神様からの警告として謙虚に受け止め反省しなければならないところである。
何よりこの事態に最も救われたのは、良い方のパンツをはいててよかったということである。密かにほっと胸をなで下ろすのだった。
警告のタイミングを考慮してくれた神様に感謝。

別冊文藝春秋3月号の『還るべき場所』(笹本稜平著)の扉絵。
編集長Yさんには随分気に入っていただいて、印刷ではできるだけ原画の持ち味を再現してみると言ってくれたのでとてもうれしかった。相方にもなかなか好評。自分でもこういう感じもイイナと思ったしだいです。



2007.2.9(金)

神戸の病院で大きな手術を受けた義父を見舞いに行ったのだが、どういうわけか、この俺が突然ICU(集中治療室)のベッドの脇で意識消失寸前になったのだ。
急に耳が遠くなって身体が言うことを聞かなくなってきた。手術後間もないお義父さんの上に前のめりに倒れると大変だ。しかし後ろに倒れてしまうと頭を床で強く打ってしまうかもしれない。必死でベッドの手すりを握りしめて倒れないようにふんばる。まわりの人達が早く気付いてくれて椅子に腰掛けさせてくれたのでなんとか倒れずに助かった。意識はすぐに元の状態に戻った。頭と首筋に冷や汗ががどっと出てくる。看護士さんの言うには顔面蒼白らしく、たしかに自分で顔に触れてみると冷たい。血圧を測ってもらうとかなり低く、看護士さんはしばらくベッドで横になった方が良いと言う。相方の押す車椅子で救急外来へ運ばれた。「こうなりゃもう僕の身体預けます!」と心の中で覚悟を決めたが、車椅子でICUから出るときはなんとも気恥ずかしかった。さっき見舞いに来たはずの男が車椅子やもんな…。

救急外来のベッドに横たわり点滴を受けながら、血液検査、心電図検査、直腸検査をすることになった。なんてたいそうなことになるのだと戸惑いながら、「ええもうどうにでもしてください」といった心境で医師の言うことはなんでも素直に受け入れる。
血液検査と心電図検査までは良かったが、直腸の検査は肛門に指を突っ込まれるのだ。え〜っ!さっき見舞いに来たはずの男がなんで今はベッドの上でズボンを下ろし…。(中略)
男先生は検査の後、周囲に付いたゼリー状の潤滑剤をやさしく拭き取ってくれた。ああ、切ない…。
約2時間経った頃、点滴2本目の途中でやっと検査の結果を伝えられた。
血液も心電図も大腸も別に異常はない。おそらく「血管迷走神経反射性失神」だろうと。

【血管迷走神経反射性失神】
強い痛みや精神的ショック、ストレスが誘因となって自律神経のバランスがくずれ、抹消血管の抵抗が減少し血液が心臓に戻らなくなり、血圧低下となり脳血流が低下して意識がなくなる。この際徐脈、冷や汗を伴う。

失神ですよ、失神!この俺が。竹宮恵子タッチの美少年かっつーの。(早川いくを著『またまたへんないきもの』の「テヅルモヅル」より)
たぶんここ最近の睡眠不足が最大の原因ではないかと自分なりに推察する。ずっと眠気を感じていたからなぁ。
それにしても自律神経てこわいなー。ストレスってこわいなー。身体が言うこと聞かなくなるんだもんなー。ほんと倒れなくてよかったー。
いままで他人が倒れるのは見たことあったけど、自分の身に起こるとは思いも寄らなかったです。

お義父さん、お義母さん、お義姉さん、みなさんにはご心配をおかけして本当にすみません!
検査のとき以外ずっと横に付いていてくれた相方さん。お義父さんを見舞うために来たのに本当に申し訳ない…。
これからはもう少し健康管理に気をつけます。その証拠に帰りに寄った喫茶店では、乙女チックにハーブティーなんぞを飲んだのですから。



2007.2.6(火)

数日前バジリコのTさんから数枚の写真が届いた。
『へんないきもの』DVDの大きい看板がJR秋葉原駅に設置されたという。でかいなー。
きっとオタクたちの目を引くだろうな。

※2月11日(日)には紀伊國屋の新宿南店で販促イベントがあるそうです。



2007.2.5(月)

夜、MBS(毎日放送)の『SKY BAR』へ案内してもらった。
今回は「13階にあるバーを体験してみよう会」と称した少人数の飲み会である。
バーの大きい窓から見る眺めがなかなか良かった。新御堂筋を見下ろし梅田方向の夜景を見ながら飲む生ビールはまた格別だ。4杯も飲んだ!けっこういろいろ食った!ごちそうさんでしたー!

※写真
1階ロビーにはらいよんチャンがいっぱいだった。(僕とは無関係)しかしナンボほど金かけてんねん…。



2007.2.4(日)

相方と心斎橋まで歩いた。チャリンコに乗って走るときよりも路地裏に発見がある。寄り道しながら九条の商店街や堀江を通り抜け、約1時間で御堂筋に出た。意外と早いものだ。
小腹が空いたので心斎橋筋商店街の店でスープカレーを腹に入れた。
それから長堀通沿いの「大阪市立近代美術館(仮称)心斎橋展示室」で開催中の『佐伯祐三とパリの夢』を観に行った。
一見普通のビジネスビルに見える出光ナガホリビルの13階にこの心斎橋展示室がある。前を通ることは何度もあったが中に入るのは初めてだ。もう少し広いかと期待していたが、まあこんなものだな。観覧料500円。喫茶店で休憩する代わりに気軽に入れる。
展示室を出た後、隣の東急ハンズでいろいろ買い物をして帰った。



2007.2.2(金)

たいへんだ!Nが見知らぬおばちゃんに声をかけられている!(隠しカメラの画像のようでなんだかドキドキするなぁ)
しかしこのおばちゃんは迷子のNを心配してくれていた良い人だと判明。
照れくさそうにお礼を言うN。
みんな熱唱!
Nもノリノリである。

京橋にて七人の筆侍の会合。
大衆酒場の2階で今年の企みを話し合う。展覧会の話は酔っぱらう前にする。そうしないと翌日誰も覚えてないからだ。
会合はおおいに盛り上がった。メンバーが顔を合わせるとけったいなアイデアがこんなにもぽんぽん飛び出すものかといつも感心する。今年はきっとスゴイはずだ。このノリだもんな。スゴイよ。たぶん…。どうだろうか…。もちろん今は極秘扱い。

ラストオーダーもとっくに過ぎたころ、店のおばちゃんから精算を求められた。メンバーの一人N氏がトイレから戻ってこないのでちょっと待ってもらう。
しばらくしておばちゃんが「トイレに誰もおらへんで。そのひと帰ったんちゃう?」と言った。精算の催促にも取れるこの言葉がSの癇にさわった。「そんなやつとちゃう。心配せんでも払うがな」一瞬険悪なムードが立ちこめた。それにしても遅すぎる。なかなか戻ってこないNだった。とりあえず精算を済ませる。上着を羽織りながら窓の外を見てみると見覚えのある背中。Nだった。見知らぬ小柄なおばちゃんと話をしているのを見てSが言う。「ナロッペが山田花子みたいなオバハンに捕まっとるで!」風俗か何かのいかがわしいキャッチにでも引っかかってしまったのか、みんなは急いで階下へ降りた。
我々を見て安心した表情のN。事情を聞くと、Nは用事のためいったん店を出たが、さっきまで居た店を忘れてしまい戻るに戻れず困っていた。そこへ通りがかったこのおばちゃんが一緒になって店を探してくれていたというのだ。「まさかとは思うけど、でもNさんなら…」と誰かの予想した「迷子説」が大当たり。まるでドッキリカメラのような話である。
Nはおばちゃんにお礼を言い、我々はおおいに笑った。

その後久しぶりに我々はカラオケボックスに行き、みんなで熱唱した。さっきのハプニングも忘れNもノリノリである。

我々は社会勉強という名の下、「メイドバー」という通常ならまったく縁のない店に入ってみた。
“ご主人様”がいっぺんに5人で“ご主人様たち”である。

シメでラーメン食ってそれぞれタクシーで帰る。
京橋からの運賃はバカ高くてびっくりした。こりゃたまらん…。これからは終電のあるうちに帰らんとな。



Copyright(C) Akira Teranishi All Rights Reserved.