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思いつきや日々の出来事などを勝手気ままに綴っております。 コメントはbbsへ。

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2006.4.30(日)

誰や?!誰や?!誰やーっ?!(大阪の子供バージョン)
なんとなく描いてみました。
ちょっとおかしいところもあるなぁ…。。



2006.4.29(土)

夕方、相方と近くを散歩。
いつもは通ったことのない道を歩こうと決めた。
歩き始めて間もなく、今まで入ったことのないレンタルビデオ店に入ってみた。しかしあまり作品数が豊富ではなく、おかしいなと思っていたら実はアダルトビデオがメインの店だと分かり店を出た。あんなところ二人で入っては駄目である。
もう帰ろうとしていたとき、相方が100円ショップに寄りたいと言う。店に入ってみて、最近はもう商品も出尽くしたところだろうなとあまく考えていた自分が間違っていたことに気付かされた。新商品は続々と生まれているようで、とくに台所用品の豊富さには画材のワクワク感に似たものを感じた。100円ショップを侮ってはいけないのである。

夜は楽しみにしていた番組
『美の巨人たち』を観る。
今夜は
梅原龍三郎「高峰秀子像」だ。
梅原龍三郎が高峰秀子をモデルに描いた絵全7点。それらを所有していた高峰が昨年の冬世田谷美術館に寄贈したという。
番組内容は梅原と高峰の交友を中心にしたもので、ほとんど高峰の著書『私の梅原龍三郎』や『わたしの渡世日記(上・下)』などに書かれているものだった。
当時有名女優の高峰は、芸能界での華やかな付き合いを嫌い、芸術家との交流を好んでいたという。しかも、何かに守られることのない“一匹狼”が好きで、たまに梅原のアトリエに文化人の一匹狼ばかりが集まるその中に加えてもらうことがとても楽しみだったようである。
梅原はよく呑みよく食べ、また子供のようなところがあって、かなり面白い人物だったようだ。高峰は本の中で梅原を「梅原ゴジラ(梅ゴジ)」と尊敬を込めて呼んでいる。高峰の文章も面白いし、また梅原龍三郎が身近に感じられるので、思い出したように高峰の本を読むことがある。
番組の後半で高峰の近況写真が映し出された。今でも綺麗なひとだった。



2006.4.27(木)

相方が少し前に新聞記事で見つけ行きたがっていた『クラブコスメティックス』(大阪市西区)の展示会に同行した。
なぜ行ってみたかったというと、昔の化粧品の広告が展示されているからなのだ。展示物も予想通り懐かしいものだったが、それよりもファイル数冊にファイリングされている明治・大正時代の新聞広告が面白かった。あまりにもストレートな表現の広告は、脳みその中心にズバズバと直撃する。あれは今やるとウケると思うなあ。
俺達がファイルを次から次と貪るように見ていると受付の女性が声をかけてきた。
「化粧品はお好きですか?あまりにも熱心にご覧なので是非我が社の社史を差し上げたいのですがいかがですか?」
ということで、アルバムみたいな社史を貰うことになった。本当はこのオモロイファイルを貰いたかったんだが…。このオモロイファイルを本にすれば絶対買うのに。
“うちの化粧品を使わない奴は人間じゃねえ”みたいな表現は強烈なインパクトがあるため隣の他社広告が霞んでいる。
こういう広告は今は出せないらしいがとにかく面白いので大好きだ。
展示を見たい人は明日以降は予約が要るとのこと。また秋に新たなる企画展をするらしい。

帰り道、オフィス街の交差点。ビジネスマンの行き交う中にチャリンコに乗ってよろけている坂田利夫を発見。町の池の中にオオサンショウウオを見つけた感じ。

夕方、読売テレビから電話があった。
なるトモ!で「へんないきもの」のイラストを使いたいということだった。
どうやらクイズに使われるようだ。
放送予定日は来週の火曜日(5月2日)です。
※放送日が変更しました。少し先に延びるようです。



2006.4.26(水)

久しぶりにチャリンコに乗って市内をぐるり。
阿波座辺りから中之島遊歩道を通って淀屋橋方面へ。川には渡し船っぽいものが二隻停留していた。遊覧するための船か。公会堂を右手に眺め走り抜けバラ園へ入る。以前と比べてすっきりされて感じるのはブルーシートのおっちゃんたちが少なくなったせいだろう。あの『全国緑化おおさかフェア』と『世界バラ会議』のどうでもよいイベントの影響だ。お役所仕事のこと、イベント期間が過ぎれば、もう関係ないとばかりに放ったらかしになるのは目に見えている。ま、居残っているおっちゃんもいて、こちらはこちらでしぶといもんだと感心。

天神橋での打ち合わせの後、船場のシモジマと心斎橋の某画材店へ買いだしのために南下する。

画材というものは高い。これは事実だ。俺の財布をからっぽのただのレシート入れにしたことで証明されている。何より、“画材、画材、画材…”と繰り返して10回言うと“高い”になるくらいだからな。
この心斎橋の某画材店なんて、店名からして
「よお、絵の具買うたらんかいワレ!」と河内弁で売りつけて来ないのだが、「おれ絵ぇ下手だけども…、ただ絵が描きたいだけなんじゃ…」と絵を描く板紙をレジに持っていくだけで、女性店員がすました顔して財布の中身をごっそりとふんだくるんだから、ほんに都会の画材店は怖ろしいところだ。



2006.4.25(火)

最近また迷惑メールが多くて困る。
「ご無沙汰しております」「ありがとうございました」「すみません」「はじめまして」「例の件」・・・etc。
いろんな角度から“あるかもしれない”と思わせる件名を次から次と考えてくるのには感心するが、こうも毎日何十通も同じようなものが届いていれば、こちらももう慣れっこだ。あきらめなさい。

一昨日始まった“パシリのシゲ”への挿絵報復は以後数度に渡ってのCG対決となった。
シゲの奇襲攻撃
「芸術的CG」がこの戦いの口火を切った。
その反撃として、大阪から上京した寂しい男の物語のワンシーンをCG化した
「文学的CG」を送り込むことによってシゲの精神に多大な被害を及ぼすことに成功。
その後戦況が悪くなり焦り出したシゲは
「哲学的CG」として小規模な攻撃を繰り返して来たが、所詮それらは闇雲に放たれる風船爆弾レベルであった。その間にこちらは時間軸を組み込んだ“最期の攻撃”を着々と準備していた。
「科学的CG」と名付けた攻撃は深夜送信、翌朝まだ寝ぼけている状態のシゲが受信。クリックした瞬間「科学的CG」がHTMLを展開、モニタに現れた画像がシゲの頭の中で核分裂を始め、ついには奴の脳は「ヒャハッ!」と蒸気と化したのだった。
力の差を見せつけられたシゲは戦意を失い「ワテ忙しいから…」と捨てぜりふを残し逃亡。つまりあっけなく降参したのである。
こうして我が軍はCG勝利をものにすることが出来たのだ。
(「第一次挿絵大戦」より)
あ、ごはんができたみたいなので失礼。



2006.4.24(月)

たくさん手に入ったナッツをミキサーで挽いてペースト状にした。パンに塗って食べよう。



2006.4.23(日)

僕の顔写真に悪意のある落書きをした画像がメールで届いた。
通称“パシリのシゲ”と呼ばれる悪名高い挿絵ヤクザ・山本重也からのものだった。
僕はこの際、挿絵ヒットマンに頼んで奴を狙描してもらうか、挿絵弁護士に頼んで挿絵訴訟に持ち込むべきか迷ったあげく、自らの手で挿絵報復をすることを決めた。
目には目を、絵には絵をである。
覚悟してろよ、シゲ!ワッハッハッハ!



2006.4.22(土)

朝、相方とフェスティバルゲートにある映画館で今日一回目の寝ずの番を観た。(サイトでムービー観られます)
過大に期待していた分、ウケなかったときには落胆が大きい。今回は厳しい感想になる。
宣伝通り、テレビでの放映はまず無理だろうと思われる「○ンポ」「○メコ」「うんこ」「ばば」などの下ネタオンパレードだ。それは別に構わないのだが、映画自体が退屈なものに仕上がっていて面白さが伝わって来ない。
関西人にとってバカウケするはずの馴染み深い上方落語の一門話が、ああいった有名人ばかりの映像にされてしまうと、どうも違うような気がしてくること、それと映像に大阪下町らしさが全然出ていないことが、どこか余所の話のようにも感じられるのだ。だいたい師匠のおかみさん“あーちゃん”が富司純子というのは大きな間違いだ。
それでも確かに館内の年輩者にはウケていた。これは観る人の年齢を選ぶ作品なのか?
時々プッとしか笑えなかった俺はまだ若いということか…。

映画館を出てジャンジャン横丁へ向かう。
ホルモンうどんを食い、黒ゴマ焼酎を呑む。
ホルモンうどんの味が落ちたのか、それとも今日たまたまなのか。とにかくイマイチだった。

昔の邦画ビデオを売っている露店のおっちゃんと並べられていた作品『切腹』について話す。
「これ観はった?これはええでぇ、骨太な作品や。ボクの骨は細いけどな。最近腰のあたりの骨が…」
ここら辺のおっちゃんは喋りだしたら話が長いので困りものである。こっちからブツ切りにしていかなあかん。でないとエンドレスや。
その後も適当に話していたら、
「よかったら持って帰ったらよろしいわ」と言って、おっちゃんはビニール袋にそのビデオを入れようとした。しかし、これは“買ってくれ”という意味なので要注意だ。袋に入れた後で金額を言うはず。
いらんと断ってその場を立ち去った。

通天閣近くの某喫茶店にて茶をしばく。
隣りのテーブルには向き合って意味深に手を取り合う80〜90歳くらいのおじいちゃん二人。顔を寄せ合ってひそひそ話で怪しげなムードを醸し出している。この二人若い頃からの良い仲なのかと勘ぐってみても面白い。こんな非日常的光景に出会えるのは新世界ならでは。実に楽しいものだ。



2006.4.21(金)

TSUTAYAで資料ビデオを探していた。
いまだ続いている韓流ブームのせいか、そこは海外ドラマが並ぶシマなのにほとんど韓流ビデオが占めていた。
突然現れた二人のちっちゃいおばちゃんコンビ。シマの端から俺の背後を大きな声を出して通り過ぎていった。
「あるか!ないか!あるか!ないか!あるか!ないか!…」
力強い歩みとあまりにも大きな声なのでまわりの人達の注目を集めた。
「ほら、ない!」
何がないのか分からないが、韓国ドラマであることは確かだ。
「やっぱり今日もないわ。これ観てこの話終わりやのにいつ観れるんやろか、ホンマ腹立つわ!」
近くの店員を呼び止めて問いつめる。あくまで大きな声だ。
「兄ちゃん、これないんか?
ウチ、一ヶ月前からこれのために見に来てんのに、いっつもあれへんねん!ホンマにあんの?!」

困った顔の店員が調べてみたらそのビデオが破損していたことが判明。それを伝えると、おばちゃんはさらにヒートアップ。
「ほらな、みてみ。そんなことやと思ったわ!
で、新しいやつ入るのん?」

おばちゃんと店員のやりとりは続いていたが、よくよく周りを見ると、そこら中よく似たタイプのおばちゃんだらけだった。
携帯電話片手に周囲の迷惑顧みず話すおばちゃん。
「あ、もしもし、こっちにはないわ。え?そっちにもないん?
ほなどうしよ。こっちくる?待っとくわ」

どうやら二組に分かれてレンタルビデオ店をチェックしているようだ。
おばちゃんたちの韓流ブームは怖ろしいものだなどとしみじみ思っていると、今度は隣のシマから、“アカ”がどうの、“ジン”がこうのというおばちゃんたちの熱い会話が聞こえてきた。何のことかとよく聞いていたらジャニーズ系のアイドルのことらしい。
世の中、ワケの分からん事態になっている。大人の男たちが「萌え〜」などと気持ち悪いことになっているかと思えば、おばちゃんたちも色々おかしいことになっているのだった。



2006.4.19(水)

朝日放送から先日放映された『ビーバップ!ハイヒール』のビデオが届いた。
内容は放映とまったく同じだと思うのでまだ観てない。

←今日の楽描き。



2006.4.18(火)

黄砂に吹かれて。
今日も太陽が妙なことになっていた。
黄砂のせいで曇ったような灰色の空になっているが、あれでも晴れているらしい。



2006.4.16(日)

梅田の紀伊國屋前へ向かう。
『へんないきもの』のCMが放映されているKINOビジョンを確認するためだが、行ってみてびっくり。
KINOビジョンて、こんなちっちゃかったん…。しかも音なしやん…。
でもまあ先週の一週間ほどはあのでかいBIGMANで放映していたのだからそれなりの宣伝効果はあっただろう。知らんけど…。

その後、かっぱ横丁で古本屋巡り。
古くて面白そうな本を色々見つけてしまうが、古本とはいえ全部買っていたらすぐに財布の中が空っぽになってしまう。中には元の定価より高価のものもあるしね。よくよく考えて結局購入は全部保留と決めた。次に来たときにまだあればそれは縁のあるものとして買おう。無くなっていればそれもまたよしだ。

夜、『情熱大陸』を観た。
リリー・フランキーでした。あの人いっつもけだるそうな雰囲気を醸し出してるけど、あれはわざとやね。



2006.4.15(土)

まだ身体がだるい。
でも昨日よりまし。夕方近くから仕事に取りかかり仕上げる。(寝間着のままで)



2006.4.14(金)

熱を持ったような気怠さが身体を重くさせる。
春先にたまに起こる症状だ。いままでの疲れがどっと出る感じ。
今日はなるべく静かにしていた。



2006.4.13(木)

■関西の人にお知らせ

たっぷり1時間ほどの番組です。
ぜひ観てください。
お楽しみに〜!!

ビーバップ!ハイヒール



夕方に中川学(kobouzu)さんの個展を取材したニュース映像が放送されたらしいのだが、不覚にも日にちを間違って見逃してしまった。あとで聞くと筆侍仲間(自分も!)が映っていたという!
※後日、テレビ局のサイトにムービーがあると教えてもらい観ることができた。

夜、早川いくをさんが出演する番組
『ビーバップ!ハイヒール』(朝日放送・23:17〜)を観る。
※出演者:ハイヒール、筒井康隆、江川達也、チュートリアル、たむらけんじ、新人女優(?)岡元昇アナウンサー
差し棒持った早川さんがウミウシの交尾を出演者を使って淡々と実演指導などをして面白かった。出演者たちのかなりの盛り上がりを見て、収録中下ネタオンパレードだったのではないかと推測できる。
それと僕の描いたイラストがたくさん出ていましたね。今回のために急遽着色したマダラコウラナメクジもフリップボードで出ました。
他には関西のローカル番組にしては映像使用料を奮発したのか生き物映像が多く使われていた。
番組途中に挟む「ごはんの友」のコーナーが邪魔に感じたくらいもっと見たかった。



2006.4.12(水)

先日受けた新聞社(大阪地元紙)の取材記事が掲載された新聞を入手。
思っていたより大きく掲載されていて驚いた。
おや?と思わせられる部分もあったが、全体的にうまく書いていただいてほっとする。イラストを使うことの意味を理解してくれていてうれしい。
記者の方に感謝。



2006.4.11(火)

今日はやたら電話の多い日だった。
その中でコピー機の営業マンからの電話に不愉快な思いをした。
以前故障した液晶部分の交換をメンテナンスの人に頼んだことがあったのだが、全国の在庫を探したが部品の保管期間がとっくに過ぎているので入手が無理だと言われた。(本当に探したのか、なんだか疑わしい)
で、今回営業マンから、そのときのメンテナンスから壊れたことを聞いたのでパンフレットと見積もりを持って伺いたいという電話。
「交換部品があったらまだ使えるんやけどなあ…」と愛着を持って使っていたユーザー側の残念な気持ちをつぶやくと、
「他のメーカーが5年の保管期間のところをうちは7年にしてるんですよ。そこんとこは理解してくださいよぉ」とちょっとつっけんどんな物言いの営業マン。
「しかも寺西さんのはもうとんでもなく古いしねぇ、ええ…」とも付け加えた。
俺は何も「いつまでも保管しておけ」などと理不尽なことを言った覚えもないのに何だこの態度は!ムカッとする。
よそのメーカーより2年長く保管しているからといって、俺が「わかった、わかった、無理言ったボクが悪かったよ、ゴメンネ〜」とでも言うと思ってるのか。企業としてユーザーや環境のことを考えるのが当たり前やろ。「うちは他より2年…」てお客に向かって偉そうに言える気が知れんわ。
お粗末なPSE法といい、少し手を入れればまだ使える機械を簡単に新しいものに買い換えろと言う企業や国のあり方はいかがなものか。
結局、当分は買い換えるつもりはないからパンフも見積もりも持って来るなと言って電話を切った。
いつか購入を考えねばならないときが来るだろう。そのときはメーカーを変えるか、もしく担当を変えてもらうかするつもりだ。

夜、NHKの『知るを楽しむ』を観た。
私と彼のただならぬ関係 ―寺山修司―
美輪明宏が語る寺山修司。面白そうな時代ですなあ。



2006.4.10(月)

我ら筆侍仲間の一人、イラストレーター・コボウズさんこと中川学さんの『京都慕情 ―春の大阪展―』(プロデュース:ビジョン・トラック)オープニングパーティー。
6時ちょうどに会場に着いた。2階の展示フロアにいたら後からどんどん大勢の人が上がってくる。大盛況だった。またテレビの取材もあって、凄いなあといろんなことに感心ばかりしていた。
コボウズさんが初めてライブペインティングに挑戦するというので、階段の上から興味津々に見入る。
和紙に墨と筆で描き上げ、それを壁に貼り、お経を唱えた。二足のわらじを履くコボウズさん。それを我々の目の前で示した。

会場を出て、同業者仲間5人で近くのサラリーマンだらけの居酒屋へ入り、イラスト談義・挿絵議論を展開(?)。
「焼酎のアイスコーヒー割り」という飲み物を注文して飲んだ。喫茶店のモーニングを想起させる味で、朝帰り気分になりそうだった。

※写真左上にはちょっと太ったイラストレーターJ。



2006.4.9(日)

↑クリック!
『へんないきもの』のCMが出版社バジリコのサイトで見られるようです。
しかしうちのMacでは映像が途中までしか見られないのだが、なんで? …Winだけなのかな?



2006.4.7(金)

今日はうちの仕事部屋で新聞社(大阪地元紙)からの取材を受けた。
大阪で活躍する人々を紹介するコーナー、その名も
「大阪ヒト元気録」
あらかじめコーナーを拝見していて、人生の“大先輩”のような方々が多く取り上げられていたので、なんだかちょっと地味で渋い印象を持った。先方は俺の歳を知っているのだろうか…。この“大先輩たち”の中に俺が並ぶのか…。少し戸惑ったが、いや、それも一興。面白いのではないかと引き受けることにしたのだ。
読む人がその紙面を普通に楽しんでもらえればよし。まったく場違いな雰囲気を醸し出しておかしいというのであれば、それもまたよしである。
雑然としたむさ苦しいところにわざわざ来てくれた女性記者。話している中で、彼女から第一弾が発売されて間もない頃からの『へんないきもの』ファンであることを聞いた。ホントに良い人だ。
いつもながら下手くそな僕の話。質問に言葉を選んで慎重に答えようとするのだが、選ぼうとする一瞬に何を聞かれているのか忘れてしまうこともありまいった。しかしこれはいつものことである。もう慣れっこ。それでもいろいろ話した。
後は記者さんにうまくまとめていただいて、読者に「へんなひと」と思われないように願うだけ。記者さん、どうかそこんとこをひとつよろしくお願いします。



2006.4.6(木)

昼すぎ、大正区のショット・バーWONDERのマスターH氏が買いだし帰りにうちに来た。
買いだしの中からアイスコーヒーと水をくれた。なんでこの組み合わせなのか。
あれこれ世間話をしたあと、マスターH氏は「パソコン買わなあかん」と言い残して帰った。せやから「はよ買い!」てゆーてんのに。

夕方、様々な分野のクリエイティブな人達がウチみたいなサイトを見てくれているんだなー、ということがあって驚く。感動だ。
だが、また同時に落胆する。
嬉しいことと悲しいことって、時に同時に起こるのね…。
なんとも言えない複雑な気分。ビミョ〜…。
気を取り直して仕事を進めようとするが、なかなか頭から離れない。
コーヒーでも飲もうと台所へ行ったのはいいが、いつの間にか僕は黙々と包丁を研いでいた。何やってんの俺!
“研ぐ”という行為がなぜか気分を落ち着かせることを、僕は本能で知っていたのだな。



2006.4.5(水)

朝、寝言を言っていたので起こされた。
自分自身もどういう状況で何を言ったのかはっきりと憶えている。かなり鮮明な夢の記憶だ。うまく声が出せないことも「喉の調子が悪いのか」と夢の中で感じていた。
夢の中の状況を説明すると恥ずかしいのでやめておくが、ま、小便をしたかったことだけは告白しよう。告白て…。
それから起こされたときに、夜中に寝ぼけていたことも相方に告げられた。
目を見開き相方の顔を見て「ありがとう」を3回言ってまた眠ったらしく、「気味が悪かったわぁ。もう勘弁して!」と文句を言う相方。しかしこれについてはとんと記憶がない。
いったい何だったのか…。
日頃の感謝の気持ちがつい出てしまった、ということにしておこう。

夜、「晩ご飯にドライカレーを作ったるわい」と啖呵を切って材料を切ったり準備してたらネギまでみじんに切ってしまった。
急遽変更して「俺カレー炒飯」を作った。(「カレー風味」が正しいかも)
それはそれなりのお味で美味しゅうございました。



2006.4.4(火)

昼にテレビで井の頭公園で起きている「花見公害」の報道映像を見た。
自分自身もいままで若気の至りで公園でワイワイとやっておりましたが、あの映像を客観的に見ると、やはり「如何なものか」である。
ふと考えさせられた。
なぜあれほど多くの人が桜の木の下に集まらなければならんのか。
そうでもしないと花を見ることができないのか。
あの人混みの中に花を愛でる気持ちを持った人はたぶん皆無ではないのか。
もしその場に花見気分さえあればそれでいいのだとすれば、「花見居酒屋」とか「花見ボックス」みたいなのを作ればどうなん?
これなら年がら年中花見気分を満喫できるで。このアイデア誰かあげる。はいアイデア料さんびゃくえん。
・・・・・などといらんことも含め色んなことを思い考えた。
ま、しかし、缶ビール1本くらいを片手に持って、近所の公園をぶらりと見に行くのもいいなあ。
僕は欲望も捨てられないそんな人間なのです。



2006.4.3(月)

夕方、京セラドームの近くを歩いていたら・・・・・、
う〜ん、やっぱりこの“京セラドーム”ていうのにまだ慣れへんわ。ホンマにもう確定したんかいな?
言葉にする際に抵抗を感じるのはなんで?
今さら名前を変えるなんて…。いまさらドーム…。(また言うてる!)
ま、この近くを歩いていたんですわ。ほんならたまたまええ感じの店を見つけてしまったので、また近いうちに入ってみようかと思っておるしだいです。

写真は岩崎橋の横を通るJRの鉄橋。下には尻無川。悲しい色やね。



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