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2005年3月30日(水)
パトカー
本屋の帰り道、チャリンコこいで走っていたら併走してきたパトカーに止められた。
真っ昼間やで、おい。俺がいったいどんな怪しい風体をしていると言うのだ。
「すみません、この自転車はあなたのですか?」
もしかして俺のこと自転車泥棒として疑ってるのか。
40歳にもなってチャリンコをパクるかいな!
しかもこんな近所の人たちの前、防犯登録の照合終わるまでパトカーの横で一人の警官と立ち話。
「今日はお休みですか?」
ほら、たぶん無職扱い!情けなさすぎて引きつった笑い顔になる。
まあええかと時間潰しにちょっとの間世間話をすると、最近この辺で起こった事件で絵本の原画を40枚まるごとひったくられた女性の話を聞いた。控えを取るためカラーコピーをしに行く途中の道端で盗られたらしい。それは悲惨な出来事だ。同じ絵描きとして心痛察するにあまりある。長い間かかって描いた絵が盗られたんだ。辛いだろうなあ。かわいそうだなあ。
「それでその女性はそれから…」
もう少し突っ込んで話を聞こうとしたら、パトカーの警官が出てきて
「登録を確認しました。では、ご協力ありがとうございました」
と言って興味津々顔の俺を一人残して去って行った。
「原画は辛いよなあ、原画は…」
独り言になっていたかどうか定かではないが、また前を向いてチャリンコを走らせた。
2005年3月30日(水)
JPR
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義兄の参加しているNGO(非政府組織)『日本国際救急救助技術支援隊(JPR)』のアフリカ・ザンビア支援活動の記事が神戸新聞(3月22日発行)に掲載されたという報告が入った。こちらも嬉しくなる。 何もかも私費(自腹)という彼らの気概をどこぞの厚遇職員たちは見習うべきだ。 |
2005年3月30日(水)
AERA
『AERA』(3月28日発売)の特集「ヘンな生き物にハマるわけ」に『へんないきもの』『フューチャー・イズ・ワイルド』『アフターマン』『鼻行類』などの変な生き物本が紹介されているので、本屋に行くついでがあったら立ち読みしてください。
2005年3月26日(土)
ノッてるオバチャン
相方とよく行く梅田の蕎麦屋で食事。
近くのテーブルには韓流ブーム真っ只中の5〜6人のオバチャン達がたむろして盛り上がっていた。話題に若手韓国人俳優の名前を続々登場させて、みんな乙女のように目を輝かせて熱く語り合っている。国内線の場合がどうの国際線がどうのと言っているのでどうも熱狂的に追っかけをしているようだ。ノリが尋常ではない。
噂どおりだ。みんなごっついオバチャンで怖かった。
2005年3月25日(金)
一日大正区
夜、小学生時からの友人Dの親父さんの通夜に出席する。
DとDの兄二人は僕と同じソフトボールチームの一員でもあり、以前から親しくさせてもらっている。Dの親父さんにはチームの納会で行う成績発表のときの成績表などをこしらえてもらったりとお世話になったものである。大きい模造紙にマーカーできれいに書いてくれたことを思い出す。
数人で親父さんの話をしていて何歳だったのかという話しになり、神妙な顔をして次男に訊くと
「えーと79、ななじゅうクサイ」
と言い換えたりもして素っ頓狂に答えたのでこっちは力が抜けてしまった。
通夜から一旦実家に帰り、着替えさせてもらい、大正区三軒家の居酒屋で開かれている地元仲間の飲み会に駆け付ける。長い間会ってない女性陣がどれだけ変わったかと思っていたが、みんな相変わらずであった。
場所を仲間の一人であるマスターH氏のバー『WONDER』に移して飲み会は深夜まで続いた。
2005年3月21日(月)
お彼岸
すこぶる快晴。
義父・義母とともに相方と僕は、京都・南禅寺で行われるお彼岸会に参加させていただいた。
そのあと南禅寺本坊で、方丈庭園「虎の児渡し」や狩野探幽の「水呑の虎」を観る。ついでに『天授庵』に入り庭園を観て歩く。
湯豆腐の店『順正』で湯豆腐懐石をいただいた。話には聞いていたが、南禅寺のまわりには湯豆腐の店が本当に多く、またその値段が高いのにも驚いた。
店を出たあと疎水などを見たりして歩きながら『法然院』へ向かう。
途中、『哲学の道』を歩いているとスタジオEのHご夫妻に偶然ばったり出会ってびっくりした。H氏に義父を紹介するとき、義父を前に恰好の良い言い方をしようとしてあまり使うことのない言葉で切り出した。
「あ、こちらは妻の…」
しかし頭の中で(おいおい、“妻”やって…!)と照れてしまいそのあと「ああ、うう…」と言葉をつっかえてしまった。恰好悪い…。
我々は静かな法然院でひと休み。こんなにのんびりと苔生す庭を観賞するのも久しぶりである。
夜は河原町の料理屋『田ごと』で食事。ビールと日本酒をいただく。
趣のある良い一日を過ごさせてもらった。義父・義母に感謝。
2005年3月19日(土)
クレイジー!
新聞の間に隠れていて今まで気が付かなかったのだが、画材屋『クレージーアート』からの移転案内はがきが届いていた。
知らぬ間にフェスティバルゲートから南港ATCに引っ越したようである。しかし画材を買うのに南港にはわざわざ行けない。まだOTS線は高いし。何で第3セクターを渡り歩いていくのだろうか…。
第3セクターといえば、大阪市は借り手がないため市の部局が入居して“第2市庁舎”となったWTCなど、赤字だらけですでに破たんした第3セクター5社のうち4社にまたしても多額の市税を賃貸料や補助金などの名目で計42億2000万円を支援投入するらしい。他にもWTC・ATCにつながる交通OTS線の車両や施設の購入費などに76億3000万円を費やし、さらにこれから毎年多額の使用料を支払うという。OTS線の運賃を安くするためと大阪市は言うが、これは大阪市が自ら作った赤字を市民の税金でごまかすやり口でしかない。
大阪市に勝手に使われる税金は半端な金額ではない。
大阪市は『クレイジーシティー』なのだ。
2005年3月18日(金)
びっくりしたなあもう
税務署から電話で呼び出しがあり出向く。
「スペシャル控除」の件だった。
2005年3月16日(水)
D&B
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昼のテレビ番組に出演していた井筒監督。 “やめられないもの”というテーマで話していたのが、ドブロク+ビールだった。 『パッチギ!』の撮影ロケで京都のコリアンタウンのオバチャンに飲ませてもらったというこの“ドブロクビール”。 ドブロクの中にビールを入れて飲むらしい。 これがやめられんほど旨いと言うので、今度のドブロクのときは試してみようと思う。 そういえば映画の中でもドブロクはよく飲まれていたなあ。 |
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2005年3月15日(火)
ダビング
2005年3月13日(日)
譲二さんの書評
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相方の先輩Oさんから、産経新聞に『へんないきもの』の書評が載っているのを見つけて知らせていただいた。ありがとうございます。届いたFAXを見るとなんとあの“塀の中の…”で有名な安部譲二氏の書評だった。 「楽しげ」がポイントに書かれているが、その“読み”はすべてかなりイイ線をいっているよ、譲二さん!アンタすごいね! あんなこともこんなことも…。 特にココ!注目! たしかに当時、コモリガエルの一見気持ち悪いビジュアルについては、二人で「これは大丈夫か?読者がひくのでは…」と考えていたことを思い出した。僕たちの出した答えは、結局解る人には解っていただけたようだ。 しかし譲二さん、僕達の机の上にはワインの瓶は置かれていないのだ。 |
2005年3月10日(木)
神話
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『神』の次に出たのが『神話』。これも名盤だ。 ドラムスにコージー・パウエルが加入してさらにパワーアップしたマイケル・シェンカー・グループ。アルバムジャケットの一番右に立っているのが今は亡きコージー。 サウンドに奥行きが深まり、また演奏に余裕が感じられる。 7曲目の「Looking For Love」は格好良すぎて、数え切れないくらい繰り返し聴きまくった。 |
2005年3月10日(木)
神
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『神』(サブタイトルは「帰ってきたフライング・アロウー」) この時代のハードロックのほとんどは、高校時代の親友Yから薦めてもらったものだが、その中でもスカッとした格好良さを感じたのがマイケル・シェンカー・グループだった。 孤独が似合う天才ギターリストのマイケル・シェンカー。 ハードでありながら繊細なギターが印象的。抑圧から解き放たれたエネルギーが感じられる。とにかく格好いい。 |
2005年3月10日(木)
Cry For The Nations
マイケル・シェンカー・グループの『神』を聴きながら馴れない確定申告の書類を作成する。1曲目の「Armed And Ready」で戦闘態勢を整え、数字とにらめっこする悶々たる時間に突入。2曲目の「Cry For The Nations」が流れだす。思わずボリュームを上げた。
2005年3月9日(水)
花粉
気候はだいぶ暖かくなってきた。
外はもう花粉が飛散して悲惨なことに・・・。
花粉が飛んでいてとんでもないことに・・・。
いやいや、そんなことを誰かが言っていました。
2005年3月7日(月)
地元仲間
大正区の地元仲間O氏から電話があった。
今度(子供達が)「春休み」になった頃、久しぶりに地元仲間で集まろうという話だった。
高校時代からの付き合いで、十代の終わり頃から毎週末に地元の居酒屋で集まり、アホな話で大笑いしながら飲み明かしていた連中だ。俺が一番年下だったが、歳の差を意識しない同等の付き合いをしてくれた。いまは子供を持つ父親・母親になったり、相変わらずバンド活動してたりと、みんなそれぞれの人生を歩んでいる。
男達はよく顔を合わすのだが、女の人は結婚するとそうそう外で飲めなくなるためかもう十数年合ってない。
久しぶりの顔合わせがなんとも楽しみである。
2005年3月5日(土)
パッチギ!
早川氏からのオススメもあり、前から観たかった映画『パッチギ!』を観に行った。
すごい良かった。泣けたし、ごっつうおもろかった。
井筒和幸監督、やりましたな!
『タモリ倶楽部』で飲んだくれてるだけやなかったんやね。
映画館を出て、当時(1968年頃)の雰囲気を今もまだ残している(京都ではないが)絶好のロケーションである新世界から天王寺までをぶらぶら歩いた。
ちなみに俺は小学生のとき、阪神パークでレオポンを見たことあるんですよ。
2005年3月4日(金)
京都会合
京都『赤垣屋』にて関西挿絵師集団『七人の筆侍』の会合があった。
座敷の裸電球の下、日本の将来について大いに語らうと格好いいのだが…、
やはりそんなことは一切なく、いつものように馬鹿げた妄想話をくり広げた。
我々にとってそんな理想型の感じであった。
2005年3月3日(木)
インタビュー掲載
ニュースサイト『webvision』(2005年3月4日特集記事)にて、
『へんないきもの』の著者・早川いくを氏のインタビュー記事がドーンと掲載されました。
2005年3月2日(水)
男の待ち合わせ
男三人夜の梅田で待ち合わせ。
三人とも同業である。先輩の尾中哲夫氏と筆侍の山本重也氏。
近くの適当な店に入りまずは生ビールで乾杯。
案の定、男臭さぷんぷんの呑み会になった。
絵の話はそこそこで、あとはスポーツと俳句の話。
制限時間48時間以内で250kmを走りきったという尾中氏の話は面白かった。
それにしても「250km完走」は凄い…。
2005年3月1日(火)
優香にふられた夢を見た。
告白もしてないのに…。
優香ひどいわ。

