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2005年01月28日
きまぐれ
Painterコミュニティにある『10分くらぶ』というスレッドに投稿した絵。
きまぐれに投稿したらぱったりと止まってしまった…。
投稿者 atera : 23:56 | コメント (8) | トラックバック
つい怒り癖が…
近頃話題になっている腹立たしい問題二つ。
NHKでは海老沢のヤロウ以下幹部三人が辞任後すぐ顧問に就任したというではないか。
解任ではなく高額な退職金がもらえる“辞任扱い”というだけで腹が立つのに、これまた高額な給料がもらえる顧問になると言うのか…。何の反省もないヤツらや。このふてぶてしさには呆れ果てるわ。
こういうのを許している現NHKも問題ありやな。
一方大阪市の問題。
誰も逮捕されへんのか!
カラ残業は組織犯罪やないんか!
様々な手当も給料の二重取りと言われても仕方ない。ヤミ退職金にヤミ年金…エトセトラ。ほんま、ド厚かましい連中やで。
市の職員の中で貰っているくせに知らんふりしている奴もいるんやろうな。同罪というかこういう奴が一番タチ悪いかも知れんのう。
怒り癖がつい出てしまう…。
投稿者 atera : 23:41 | コメント (4) | トラックバック
2005年01月27日
そうなるとヤッパリJUDAS
ヘヴィメタルサウンドでクロークスが出ればもう“メタル・ゴッド”のジューダス・プリーストになりますかヤッパリ。
『Defenders of the Faith』(邦題『背徳の掟』)のカセットテープをついでに聴く。
まあついでというくらいだからこのジューダス・プリーストにはそんなに思い入れはないのである。
全編通して聴くと、キンコンカンコンという金槌で叩く金属音が印象に残る。
高音ヴォーカルのロブ・ハルフォードが鋲の付いた衣装を着て、口をひん曲げ拳を胸の高さに突き出したイメージが目に浮かぶ。ワハハハ!
と、まあそれくらいの感じである。
投稿者 atera : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
ナンデカKROKUS
古いカセットテープの中からたまたま手に取ったのはDENON(42分)のテープに録音したKROKUSの『HEADHUNTER』
。邦題は『髑髏の紋章』…わーさぶっ!それにしてもあまり有名なバンドでもないのにあの頃なぜかよく聴いていたなあ。
懐かしいので久しぶりに聴いてみることにした。スピーカーから飛び出してきた音は当時そのままのコテコテのヘヴィメタルサウンドだった。
「わ、なんだか気持ちイイ…」
そのままAB面を繰り返し何回も聴いてしまうのだった。
投稿者 atera : 17:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月24日
生活時間
深夜1時過ぎ、メールで送ったデータを見てもらうため仕事先に電話をかけた。うっかり番号を間違って知らないお宅につながってしまった。こんな夜分遅くに本当に申し訳ないという思いで心から謝る。
つくづく我々は非常識な時間で生活しているのだなあと考えてしまう。
ま、ずれているだけなんですけど…。
投稿者 atera : 23:16 | コメント (2) | トラックバック
2005年01月22日
吟遊詩人?
『七人の筆侍』公式頁の掲示板に久しぶりに書き込みがあった。
加藤汽船ビル内にあるバー『SOUND BAR 吟遊詩人』の方らしい。
わりと近所なんで今度覗きに行ってみようと思う。
投稿者 atera : 22:12 | コメント (2) | トラックバック
2005年01月21日
コンクール?
バー『WONDER』のマスターH氏から電話がかかってきた。
来月『WONDER』で絵画コンクールを催すつもりで、僕にその審査委員長をやれというのだ。どうなっても知らんぞ。
詳細は何も決まってないが、まあ面白いかもしれないのでとりあえず引き受けた。バーボンの一杯くらい飲ませてくれるやろ、という計算も入っている。
面白がりのひとは詳細を待て。
投稿者 atera : 22:04 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月20日
高っ
モニターの故障で何日も前からかけ続けていた修理受付窓口フリーダイヤルにやっと電話がつながった。
現状を説明して代替機の用意をお願いしたが、代替機が出払っていてそれを待つのに2週間…。それから修理に出して1週間〜10日間…。
なんということだ。このご時世にこんなのんびりした対応でいいのか?
修理代を訊くと、なんと部品代と技術料金等合わせて“3万円から”と平気で言うのである。
受話器を片手にモニターの前で
「エー!サンマンエ〜ン!」
と思わず叫んでしまった。
するとモニターのやつ、主人に迷惑をかけてはならないと思ったのか、目の前でモニターの映りが正常に戻っていくではないか。
修理の件は今一度検討したいと伝え電話を切ったのは言うまでもないが、それにしても技術料金てなんでそんなに高いんですか?!
投稿者 atera : 23:49 | コメント (4) | トラックバック
2005年01月19日
粕汁で無駄なし
モニターの修理早く出したいのにメーカーのフリーダイヤルに電話してもいつも話し中…。まったくどうなってるんだ。
まさか回線は一本か?三菱さん。
相方に頼んで今晩のおかずにドブ■クをしぼった後に残った酒粕で粕汁をつくってもらった。これまたうまかった。
これでドブ■クに使用した材料はすべて無駄なく腹の中に入る寸法だ。
あと少し残っているドブ■クは、今夜『タモリ倶楽部』「ビー玉バー」を観ながらいただくことにしよう。
投稿者 atera : 23:04 | コメント (6) | トラックバック
2005年01月18日
破り甲斐
ドブ■ク三昧の日々。
手造りでこんなに旨い酒が出来るのだ。
御法度破りも甲斐があるというものだ。
投稿者 atera : 23:23 | コメント (4) | トラックバック
2005年01月17日
あれから10年
阪神淡路大震災から10年。
相方と神戸へ。
投稿者 atera : 23:55
2005年01月15日
N氏 IN 大正
奈路さんと待ち合わせて大正の立呑処『火の来間』に行く。とりあえずホッピーからムーハイという下町呑みコースで喉を潤し、モツ煮込みと蒸し鶏をアテに挿絵談義に花を咲かせる。“挿絵のタッチ”“挿絵に於いてのストレスとは”“いかに描かないか”“我々の将来の仕事”などを話題のネタにしてお互いの思いを語り合う。奈路さんとの話は僕が今考え悩んでいることを解決できるようなヒントをポンといつも提供してくれるので感謝している。答えが面白いくらいに出たときは話しているうちに自然と笑いがこみ上げてくるほど愉快な気分になる。奈路さんには僕が何で笑っているのか不思議に思われてるのではないだろうか。
「そろそろやろか…」と地元仲間TK氏が、漬け物樽に弛ませたテント生地をかぶせた“ベーゴマの床”(試合場)を引っぱり出してきてベーゴマを回し始めた。
TK氏にベーゴマのまわし方を教わった奈路さんが30分もしないうちにまわせるようになったのには驚いた。素質ありだ。面白く思っていただいたようで奈路さんもベーゴマ倶楽部に即入会。
その後我々は『火の来間』を出て、バスに乗り少し離れたバー『ワンダー』へ行き、しばらくの間呑んだ。気が付くと最終バスの時間もとっくに過ぎていて遠方の奈路さんには申し訳ない思いだった。また懲りずに不便な大正へおいでませ。
投稿者 atera : 23:29 | コメント (2) | トラックバック
2005年01月14日
感動させようとするな
夜、10年前の震災関連の実話を役者使ってドラマにしたスペシャル番組を民放で放送していた。
10年を節目にうまいこと話をまとめて如何にも“感動させよう”という意図が見えてわざとらしい。番組最後には「事実に基づいて脚色している」というテロップが出た。東京の企画だろうか?
あんなのはやらないでほしい。事実が薄っぺらに感じてしまう。
ここ連日読売テレビで深夜にやっているドキュメントの方がよっぽどマシ。しかし何でそういう番組に限って深夜に放送するんだろうか…。
今日の朝日新聞にも載っていたが、神戸には未だに被災者自立支援金をもらえないでいる人達がいる。この問題はまだ解決していないのだ。
投稿者 atera : 23:47 | コメント (4) | トラックバック
2005年01月12日
着手
昨年末から馴れ馴れしいC社営業のしつこいコピー機の売り込み電話を撃退し続けている今日この頃。とにかく馴れ馴れしい営業マンは用件を話す以前ですでに却下は決定しているのだ。
昼すぎ、ドブ■クづくりに着手する。本当に仕事の合間のちょっとした時間に仕込んで旨い生酒が出来るである。仕込むだけなら30分〜40分で終わり、あとは数日間後にしぼって冷やすだけ。
出来上がりまでの経過と感想は後日アップしようと思う。
2005年01月10日
『野田恵美須』の十日戎
下町風情ある大好きなえべっさんである。
訪れるといつもこのどでかい鯛鉾をじっくり見て行かないと気が済まない。見れば見るほどなかなかの造りだ。今回この鯛鉾には歯まであるのに気が付いた。
正面から祈願した後、毎度のごとく裏へ回り込み耳が遠いえべっさんの近くの戸を叩く。
おみくじを引くと相方と同じ番号の「吉」だった。なぜか僕達は同じ番号を引くことが多いのだ。
投稿者 atera : 23:07 | コメント (2) | トラックバック
2005年01月09日
俺ヨーグルトとメイプルシロップ
昨夜仕込んでおいたヨーグルトが出来上がっていた。流水で荒熱を冷まして一時冷蔵庫へ置いておく。
夜に相方と冷えたヨーグルトを食べた。酸味が抑えられた味で美味しい。
相方が親友おけいはんからカナダのお土産として頂いたメイプルシロップをさっそくかけてみて食す。実に美味いぞ!おけいはんおおきに!
2005年01月08日
新春筆侍会
久しぶりに七人の筆侍全員集合し、去年開催した『七人の繪侶侍展』の打ち上げが心斎橋の割烹『よし井』にて行われた。
単なるグループ展にはしてはならないということでメンバー珍しく真剣(?)になり、ユニークなアイデアが続々と出された。大いに盛り上がった。今はまだ発表できないが、今年も面白くなりそうである。
その後店を『居酒屋・富士』に移し、焼酎お湯割りをやりながら為になるオモロイ話をした。マロニー山本からも熱いアドバイスを頂く。ありがとうマロニー!
深夜帰宅後、帰り道で買った牛乳を使い、今日東急ハンズで買ったヨーグルトメーカーで自家製ヨーグルト作りをする。いいオッサンが夜中に何をやってるんだ!という声もどこからか聞こえてきそうだが、いいオッサンはこれでいいのだ。とにかく10時間後の明日の午後には美味しくて身体に良いヨーグルトが出来上がっているはず。これからはビフィズス寺西と呼んでくれ、マロニー!
投稿者 atera : 23:45 | コメント (2) | トラックバック
2005年01月07日
K女史からの電話
携帯電話が鳴った。めずらしくK女史からの電話だった。
「はい寺西です」
と出ると
「それは知ってます」
といつもの明るいテンションとは違う声と返事。そしていきなりの質問。
「○○のお好み焼き屋知ってます?」
何でお好み焼き屋の場所を僕に聞いてくるのだろう?もしかしたら以前酔ったときにそんな話でもしたかな?近頃酔うとよく記憶が飛んでしまい翌朝思い出せないということがあるからなあ…。などと考えながら最近油を差していない錆びた脳ミソを高速回転にして大急ぎで記憶を呼び起こしていた。
「□□さんがお好み焼きを食べたいて言うてるんで」
とK女史が言う。
“□□さん”て誰だろう?K女史との共通の知り合いというとあの人とこの人と…。一向に“□□さん”という人が出てこない。
こういう場合慎重に会話を進めなければいけないのだが、焦って何故か曖昧な返事をしてしまう。
「あ〜あ〜、ハハハ!(いかにも“□□さん”を見知った人のように笑う)
○○のお好み焼き屋ですか…、
うーん、どこやったかなあ…、忘れました!(初めから知らんのに!)」
K女史は
「じゃあこちらで調べます」
と淡々とした口調で言い電話を切った。
しばらくの間僕は携帯電話を手に呆然としていた。
何だったのだろうか…。
それからすぐにまたK女史から電話がかかってきた。
「寺西さん、さっき私と話し…ました?…よね?」
「あ…はい、話しましたが」
「ワハハハハ!スミマセ〜ン!私間違って話してました〜!本当にスミマセンでした!」
「やっぱり!こちらこそ“忘れた”なんて変な返事をしてしまってスンマセン!」
さっきあたかも知っているかのような返事をした自分が恥ずかしくなってきたが、何はともあれ間違い電話で良かったと胸をなでおろした。
2005年01月06日
モニタの寿命か
突然モニタの調子が悪くなる。
右側2〜3mm程度ゴーストが出るようになった。(たまに正常に戻る)
早く修理してもらわないとちゃんと絵が描けないし目が疲れて困る。修理に出している間は代替機を貸してもらえるのだろうか。そうしてもらえなければ困る。
小説宝石『極点飛行』の挿絵を明日の昼までに送らなければならない。深夜見づらいモニタと格闘して頑張りました。朝5時に就寝。
投稿者 atera : 23:36
2005年01月03日
初ブック・ファースト
港区の三社神社へ参拝。
梅田へ買い物。
途中寄り道した『ブック・ファースト』で以前から興味のあることが書かれた本を見つけた。即買った。また楽しみがひとつ増えた。
ついでに書店内で『へんないきもの』を探す。自然科学のコーナーで2位!しかし1位や3位が聞いたこともないまったく知らないタイトルの本だった…。さすが自然科学。
2005年01月02日
神戸へ
神戸の相方の実家へ。
色々旨いお酒を呑ませていただいた。
みんなで近所の若宮神社へ初詣に行く。震災時に壊れた鳥居などが新しくなっていた。寄付者名が彫られた石碑には有名酒造会社が並ぶ一列目に義父の名前があった。すごいなあ。
神社から帰るとみんなでトランプゲームの「ど貧民」をやる。ど貧民と貧民を行ったり来たり…。終始大貧民である。“そこ”から這い上がるのは難しいものだ。その間ミニチュアダックスフントのアムが左手の甲をペロペロと舐めて慰めてくれていた。アムよありがとう。
2005年01月01日
元旦!
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
とは言っても個人的にはあまり明けた感じがしない正月なんですが…。
相方とチャリンコに乗って大正区の実家へ行く。
今年も相変わらずの実家だった。
新年の挨拶を交わし、おせちを食べながら楽しい時間を過ごしていた。
夜になり、親父が正月だから酒をもっと呑ませろと言い出した。
お袋と妹が駄目だと冷たく拒否。
最後には親父が「もういらん!何もいらん!」とすねてしまった。
相変わらずである。